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校長先生のお話

2013年01月度のお話

2013年01月度のお話です。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

2013年01月08日

3学期始業式

 年が改まって2013年になりました。皆それぞれ新たな気持ちをもって新年を迎えたことと思います。

 昨年末、社会奉仕委員会のメンバーを中心に、被災地の高校生を関西に招待して交流する『東雲プロジェクト』が実行されました。メンバーだけでなく、六甲生の多くが募金で協力してくれました。新聞にも載りましたが、関係した先生からもよくがんばっていたと聞いています。学校内での活動とは異なり、他校の生徒に呼びかけで同志を集め、何度も話し合いをして内容を詰め、資金の調達方法、細かい日程の調整と施設との折衝、招待する学校への案内、などなど大変な努力が必要なプロジェクトです。他校の同志と一緒におこなったことですが、これらの動きの中心に六甲生がいたことはたいしたことだと思っています。

 さて、“man for others”は皆よく知っているように、六甲の教育理念を表わす言葉ですが、最近はこれに“with others”を付けて、“man for others with others”といわれるようになっています。そこで今日は、この“with others”について考えてみたいと思います。

 ところで、討論型世論調査(Deliberative Poll=DP)という言葉を知っていますか。
DPというのは通常の世論調査の回答者から希望者を募り、討論資料を送ったうえで、一か所に集めて世論調査と同じ質問をした後、討論や質疑応答を経て同じ質問に答えてもらうもので、時間はかかりますが、討論を経たうえで人の意見がどう変わるのか、変わらないのかを知ることができる興味深い調査です。新聞には慶応大の曽根教授が年金などでDPを実施してきた経緯から政府が曽根教授に依頼して実施した内容について紹介されていました。

 政府が示した選択肢は、2030年代の原発比率を「0%」「15%」「20~25%」のどれにするかというものでした。結果は「0%」が最初の世論調査の32.6%から討論会後に46.7%に増加、「15%」は16.8%から15.4%に減少、「20~25%」は13.0%で横ばいとなりました。政府はこの結果も含めて総合的に判断し、「30年代に原発稼働ゼロ」を目指すエネルギー政策をまとめました。

 曽根教授は、DPは唯一の世論ではないし、結果を政府に直結すべきでもないが、と断ったうえで、市民が政府の審議会と同じ内容の資料を読み、討論した末に出た結論は重いと思う、と言っています。当時の細野原発担当相も「議論を経て原発ゼロが増えているという、この重みは非常にあるのだろう」とコメントしています。「30年代に原発稼働ゼロ」を目指すという政策は、12月の総選挙で民主党の政策としても出されていたもので、この決定のプロセスにどれだけDPが反映されたかどうかは分かりませんが、細野原発担当相の発言を見ると、ある程度の影響は与えたのではないかと思います。

 興味深いのは、熟議により意見が相当程度変わってきているということです。これは他人の意見に流されるといった悪い意味での修正ではなく、意見を戦わせて自分の考えを深めた、つまり深化させた上での修正です。皆で話し合ったうえで良い方向に修正できたということですね。また、結論が変わらなかった場合でも、独りで考えた場合と異なり、確信をもった結論になっている。これが“with others”の大事さの一つです。

 別の側面から“with others”が大事であることを紹介します。最近はリーダーシップ論、リーダー論がさかんです。私もこれについては何度も話をしています。昨年2学期の保護者会の時に野中郁次郎氏という学者のリーダーシップの本質についての記事を保護者の方々に紹介したことがあります。野中氏は一橋大学名誉教授で、知識創造理論のパイオニアといわれる学者です。

 野中氏のリーダーシップ論の詳しい内容は省略しますが、をかいつまんで言えば、理想をしっかり持ち、それを現実の場でメンバーと共有する一方、現実を直視し言語化した上で実践すること。さらにその営みを組織の皆の実践知にまで固めること、ということです。中学生にも分かるようにもっと簡略化して言うと、理想を持ち、それを仲間と共有し、実行していくことのできる人間が真のリーダーであるということです。ここにもothersがでてきています。

 私の抱くリーダーのイメージも野中先生のいうリーダーに近いものがあるので皆にも紹介しました。人の上に立って、集団をグイグイと引っ張っていく人間、六甲で言えば体育祭委員長や文化祭委員長にあたるでしょう、このような人間は必要ですが、これは誰にでも備わっている能力ではありません。野中先生の言うような人間がリーダーであるのならば、このようなリーダーには本人にその気概があれば誰でもなれます。

 これと同じような見解を持っている方がいる。元世界銀行副総裁だった西水美恵子さんです。彼女は、リーダーシップ=チームだと言っています。

 西水さんはリーダーシップを説明するときにグループとチームという言葉を使い分け、これを別のものとして説明します。グループでは、議論し結論を出しても実行を担当者に委ねます。この担当者がリーダーということですが、これは本当のリーダーではないと言うのです。大事なのはチームである。チームだから、議論し結論を出したら自ら実行に力を合わせる。つまり、自分の役割を自分で切り開いて周囲を引っ張るのが、チームのリーダーシップだとおっしゃる。私は、「グループ」のリーダーはこれはこれで必要だと思いますが、西水さんはこれを否定しているのではなく、誰もが、どこかの場面でチームに貢献することがもっと大事なことだと主張しているわけです。

 これは先程の「理想を持ち、仲間と共有して、実践していく」という話と同じ発想です。ここでも、チーム、すなわちwith othersの重要性が指摘されています。「他の人たちと意見を交換し合いながら、自分の考えを確固たるものにし目指す理想に近づける、他の人たちとチームとして役割を相互に担いながら理想とする社会の実現を目指す」、このような人材が六甲からたくさん出てくれることを願っています。

 昨年1月の始業式のときに、私は「今の日本は厳しい状況だが、希望の持てる社会になった」と言いましたが、これは言い換えればwith othersの芽が出てきているということを意味しています。

 同じように今の日本の状況をプラス思考で見ている学者がいます。小熊英二さんという慶應大学総合政策学部の教授で、気鋭の社会学者です。小熊さんは、社会を変える動きが必要であるがこれからはそれが成功することが多くなると思う、と言い切っています。これはうれしい予測ですね。この予測には、今、日本社会は変動期にある、という彼の分析が背景にあります。停滞しているのであれば変えることは非常に難しいが、変動期にあるのなら変えることが可能なわけです。もちろん良い方向にばかり変わるとは限りません。悪い方向に変わる危険性も含んでいます。

 確かに、このような目で見ると、大学の先生が個人でおこなっていた討論型世論調査を政府が採用するようなことはひと昔前にはなかったことです。国会周辺で行っていた原発反対のデモの代表者の話を首相が聞く時代になってきています。このような事例を見れば、小熊さんのいうように、これからの日本は社会を変える動きがでてきて、今後はそれが成功することが多くなると、いうのはあり得ることのように思います。

 先ほど紹介した西水さんは別の場所で、リーダーについて、「本物のリーダーというのは、本気で人のため、世のために動いて、そのために自分の人生を自分で引っ張っていく人のことだと私は思います。」とおっしゃっておられます。また、「東日本大震災以降の、特に民間や若い世代の底力は、すごいなあと思います。大きな危機を、みんな体験して、それが本気の火種をつけたのだと思う。このままその火種が消えないように祈るばかりです。」とも語っておられます。

 もう分かったと思いますが、西水さんのリーダー論は、六甲の“man for others with others”と重なります。「本物のリーダーは、for othersであり、with othersである人間」だということです。

 君たちには、年の初めに当たり、この1年を「人のため世のために働く気概をもって、仲間を増やし、仲間と議論を深めることを念頭に置き」ながら活動するようにしてほしいと願っています。

 よい1年になるようにがんばりましょう。