70期卒業式式辞
晴れ渡った空のもと、冷たい外気が身を引き締めてくれる清澄感溢れる今日、70期生の卒業式を迎えることとなりました。ただ今、70期生170名に卒業証書を渡すことができました。70期生の皆さん、ご卒業おめでとう。
先日、出来上がったばかりの卒業アルバムを見せてもらいました。君たちも見たことと思いますが、表紙は表に新校舎、裏には旧校舎の写真を載せたレイアウトでした。旧校舎が背後に回って表舞台から退き、代わって新校舎が前面に登場して新旧の交代を告げる印象深い構成となっていました。
思えば君たち70期生は時代が変化するなかで、作られた物のはかなさ、人間の自然に対する無力さを感じさせる出来事をいろいろ経験しながら育ってきたように思います。
君たちは阪神淡路大震災の前後に生まれ、物心がついたころ、いたるところに震災の爪痕が残る中で復興事業が行われていくのを見たことでしょう。高1の終わりにはさらなる大きな自然災害である東日本大震災が起こりました。圧倒的な自然の脅威を前に立ちすくむ思いを持ったのではないでしょうか。政治面では長く続いた自民党政権が倒れ、民主党政府ができて日本でも本格的な二大政党制の時代が来たかに見えましたが、昨年末の総選挙で自民党の圧勝となり、今後の日本の政治の方向性は不透明になっています。グローバル化が進む中、諸外国との関係も変化し、世界における日本の役割、影響も変化してきています。私たちの身近なことに目を向けると、六甲学院では旧校舎が解体され、仮設校舎を経て新校舎が完成するという大きな変化を経験しました。
このように、目に見えるもののはかなさを知り、人間の力の限界や弱さを知り、時代の流れも一直線ではないことを知るなど、わずか18年の人生経験ですが、君たちは貴重な経験を重ねてきました。
時代が変化するなかで、新しい道を切り開いていかなければならない君たちに6年間を通じて六甲が教えたこと、伝えたかったことはいったい何だったのでしょうか。
六甲中学校は創立間もないころに軍部の査察が入り、キリスト教学校である六甲はつぶされるかもしれないという事態に直面した時がありました。そのころのことを初代校長の武宮隼人先生は後に回想して、「六甲は神が望まれたが故に創られた学校であり、自分はそのみ旨に従うのみだと思った」と話されています。み旨に従って働きそれで廃校となるならそれはそれで神のみ旨だ、と考えて肝が据わったということだと思います。
では、もし神が望まれたが故に創られた学校であるなら、神は何を望んで六甲という学校を創られたのでしょうか。
初代校長の武宮先生の名前は皆よく知っていますが、これとは別に六甲中学校設立の代表者がいるということを知っている生徒は一部の学年を除いて知らないのではないでしょうか。フーゴ・ラサールというイエズス会の神父です。このラサール神父が1949年創刊の校誌『六甲』に寄稿した文が残っています。その中でラサール神父はこのように書いています。「いかなる時代を通じても、教育者の目的は青年たちを良き人間に教育していくことにある」ラサール神父の言葉に従うなら、神は六甲に若者を良き人間に育てるよう望まれたということになります。
では、「良き人間」とはどのような人間でしょうか。実は君たちはその答えをすでに知っています。イエスが言われた言葉で、君たちも何度となく聞いた言葉を改めて紹介します。
“私は仕えられるためではなく、仕えるために来た”
君たちには様々な面で「良き人間」になってほしいと願っていますが、その数ある「良き人間」像のなかで最も大事なものは、イエスのこの言葉にあります。“人のために仕えることのできる人間”です。六甲が6年間を通じて伝えたかったことはこれでした。
ラサール神父の話に戻ります。ラサール神父が言われた「いかなる時代を通じても、教育者の目的は青年たちを良き人間に教育していくことにある」という文の冒頭には「いかなる時代を通じても」という言葉があります。
ラサール神父がこの文を書いた年が1949年であることに注目してください。
六甲が第1期生を迎えた1938年は軍国主義の時代で、前年には日中戦争が始まり、3年後には太平洋戦争が始まっています。これに対して、ラサール神父が『校誌』に寄稿した年である1949年は戦争が終わり日本は民主主義の国になったと言われた時期です。学制改革の真っ只中でもありました。創立時の軍国主義の時代とまったく異なる時代になっていたのが1949年でした。これほど劇的に時代が変わっていった時期に、六甲の教育はどうであったでしょうか。
今年度4月の中学入学式のときにも触れましたが、武宮先生は軍国主義の時代、一見、体制に迎合するかのような制度を採り入れました。中間体操や便所掃除はすぐに思い浮かぶものです。他に制服を海軍の制服を模したものに制定したことなども挙げることができます。しかし、表面的には時代に迎合しているように見える制度を逆手にとって、武宮先生はその中身に宗教的な意味合いを持たせました。便所掃除は人の嫌がることを進んでやる奉仕の精神につながります。多くの学校が緩やかな校則に変わった現在でも続けられている所以です。海軍の制服を模した六甲の制服は「国のために死ぬ」という軍国主義的教育に沿ったものではなく、キリスト教精神に基づいて、人間の生き方として死と向き合うことの大事さを教えるための一手段で、現在の六甲でも折に触れて取り上げられています。劇的に変化した時代にあっても、六甲の教育の芯は変わることがありませんでした。
「いかなる時代を通じても」と書いたラサール神父の言葉には事実に基づく重みを感じさせるとともに、激動の時代を信念を曲げずに貫いた六甲学院の矜持、プライドも感じさせるものです。
ラサール神父はこの言葉に続いて、「人間の最も内なる人間的なるものは、常に変わることがない。人間が人間としてもつ目的は、たとえその目的を見つめて歩む道が時代によっていかに異なろうとも、常に同一である。人間は人間としてもつその目的を判然と把握したとき、換言すれば人生の最も基本的な意義を明らかにしたとき、はじめて確信をもって人生行路を歩むことができるのである。」と書いています。
六甲は、人間が人間としてもつ目的は常に同一であるという信念を持って、良き人間を育てるために、時代が変わろうとも校舎が変わろうとも、いつも変わらず青年を教育してきました。そして第1期生を迎えて以来75年がたった今日、70期生が卒業します。君たちは六甲を卒業しますが、この後どのような時代が来ようとも、君たちの歩む道が平坦でなくとも、人生の最も基本的な意義を理解した君たちは、確信をもって人生行路を歩むことができます。
確信をもって人生行路を歩んでください。
よい卒業アルバムができました。うれしい時、悲しい時、困難に出会ったとき、折に触れて卒業アルバムを、中味だけでなく表表紙と裏表紙も合わせて見てみてください。
六甲は今後も良き人間を育てる教育を続けていきます。
その目的のために、君たちも71期以下の下級生をよく指導してくれました。伝統は教員だけで作るものではありません。生徒とともに作っていくものです。70期生は六甲の伝統に素晴らしい1ページを加えてくれました。どうか卒業後もMAGISの精神を忘れず、良き人間として成長してくれるよう願っています。
最後になりましたが、卒業生の保護者・ご家族の皆様、本日はご子息のご卒業おめでとうございます。先程紹介しましたラサール神父は、冒頭で「いずれの国においても青年はその国の希望である」と述べています。阪神淡路大震災の前後に「我が家の希望」として生を受けたご子息は、今、「六甲の希望」ともなりました。そしてご子息が六甲卒業後は「日本の希望」として、「世界の希望」として活躍されますことを切に願っております。
ご子息とご家族の皆様の上に神さまの温かい祝福がありますことを祈念いたしまして私の式辞を終わらせていただきます。