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校長先生のお話

2010年11月08日のお知らせ

異色の公務員

 私は普段あまりテレビを見ませんが、先週の日曜日の夜、ふと目にとまった番組があり、それが面白くて珍しく最後まで見てしまいました。それは、テレビ大阪で放送していた 『ソロモン流』という番組でした。

 この日紹介された人物は上田勝彦さんといって、水産庁の加工流通課に勤務する公務員です。公務員というとお固いイメージを受けますが、上田さんはノーネクタイで首にはてぬぐいを巻き、ひげを生やし、頭は刈り上げ、お役人というよりは魚市場のおじさんといった風情です。

 加工流通課というのは、漁業とその流通に関わる分野を担当する部門で、漁業従事者の高齢化や後継者不足、魚価の低迷など、漁業が抱えている様々な問題に対して加工流通の側面から取り組んでいく課です。具体的な仕事内容については番組の中ではあまり紹介されていませんでしたが、漁業には乱獲の問題が一面にあり、乱獲を抑えるための方策として魚網の目を大きくして稚魚を捕獲しにくくするような工夫を行政指導でおこなうという点については、なるほどと思ったものでした。

 上田さんが他の公務員と一味違うところは、このようなお役所からの(上からの)指導だけではなく、現場に出ていって、魚食を広める活動を精力的にしている点です。たとえば、北海道の宗谷ではおいしい鮭が獲れるのですが、巨大市場の東京に持っていくまでに時間がかかり、そのために鮮度が落ちるので買いたたかれてしまうそうです。そこで上田さんは、業者に高値で買い取ってもらうためと消費者に鮭のおいしさを理解してもらうために、宗谷まで出向き、鮮度を保ったまま出荷できるよう自分で考案した活け締めのやり方を漁師に教えるのです。また、料理教室に招かれ、魚をおいしく食べる料理法を教えます。さらに、ライブバーでは4時間にわたるトークライブをおこなって漁業が抱えている問題や魚の美味しさをアピールすることもやります。魚市場ではゴム長靴を履いて買い物客に魚製品の食べ方の解説もします。これらすべてがボランティア活動というから驚きです。

 現場の様子を知り、現場の声を聞いて、常にその目線で仕事をする、上田さんはそういう方です。このような目線は上田さんの経歴とも大いに関係しています。上田さんは長崎大学水産学部を卒業した後、3年ほど漁師をしていたそうです。そしてその時に、「大学を出ているなら俺たち現場の声を上に伝えてくれ」という仲間の励ましを受けて公務員試験を受けて合格し、農水省の水産庁へ入庁したわけです。産業に携わる人たちを行政指導する立場にいながら、漁師や魚市場の人といった行政指導されるいわば弱者といえる人の立場や思いを代弁し、その目線で常に仕事をしている上田さんは、ご本人は思ってもいないことだと思いますが、まさに“MAN FOR OTHERS”の精神を体現している方だと思います。

 “MAN FOR OTHERS”は「社会奉仕」のようなそれと分かる活動をすることだけがあてはまるわけではありません。一見関係なさそうに見える仕事でも“MAN FOR OTHERS”の精神を活かすことはできます。君たちは六甲を卒業して大学に進んだ後様々な職業につくことになりますが、どのような職業につくにせよ、“MAN FOR OTHERS”の精神を忘れず、上田さんと同じように弱者の立場に立って仕事ができる人間になってほしいと願っています。このような立場で仕事をする人間がもっと多くなれば社会はきっと良くなることでしょう。