3学期終業式
2011年度が終わります。それぞれの1年であったと思いますが、共通していることは東日本大震災を経験したことだと思います。直接被害に会っていないという意味では経験したわけではありませんが、映像を見、その後の報道に触れ、募金をし、関連して起こった原発の問題を知ったという意味で「経験」という言葉を使いました。そしてこの「経験」は、自分という人間の外側を流れていっただけの「経験」ではなく、被災した人たちの痛み、悲しみ、絶望感、孤独感や、その後に起こった社会的諸問題を、他人事ではなく自分のこととして内面的に受け止めることのできた「経験」であってほしいと願っています。
さて、先ほど中学3年生には六甲の3年間を振り返ってみてほしいと言いましたが、これは他の学年にも言えることで、節目を利用して1年の振り返りをおこなってほしいと思います。そして、それらの振り返りを踏まえた上でこの春休み中にやってほしいことがあります。それは来年度の目標を立てること、それも勉強の目標を立てることです。目標を立ててその目標に向かって進むことが大事であることは皆分かっていると思いますが、それが自分の毎日の生活にどのような影響、効果を与えるかを考えたことがあるでしょうか。
こんな話があります。ディズニーランドで数年間働いた経験のある上田比呂志という方の経験談なのですが、あるときディズニーランドに老夫婦がやってきて話す機会があったので二人の話を聞くと、自分たちは小さなレストランを経営していたが火事で店が全焼してしまい、財産がすべて無くなり身重の妻は子どもを流産してしまった、何度死のうと思ったかわからないがそのときふとテレビでディズニーのコマーシャルが流れた。『ここに来れば幸せになれる』って。そこでいつかディズニーランドに来よう、そして家内がほしがっていた真珠のネックレスを絶対に買おうということを目標に必死に働いて今ようやく来ることができた、ということだったのです。つまり目標を達成したわけですね。で、その話をじっと目を閉じて聞いていた奥様が口を開いて言われたことが「私は充分幸せでしたよ。50年間一度だって後悔したことはありません。本当にあなたと来れてよかった」。このように言われたそうです。
ディズニーランドに来ることが幸せだったのではなく、妻を幸せにするためにディズニーランドに行くことを目標にして夫ががんばってくれたことが奥様にとって幸せだったのですね。
目標を持ちそれに向かってがんばることは自分の毎日の生活の充実につながるし、周りにもよい影響を与える、そのような意味も込めて「目標を持ってほしい」と言いました。
もう一点、話したいことがあります。先ほど読まれた聖書朗読の話の中で、「仕えるリーダー」という言葉が出てきました。これについて話しておきたいと思います。
言うまでもなく、イエズス会の教育目標は、”Man for others(他の人々のための人間)”です。この言葉が使われるようになったのは30年ほど前ですが、それ以前は世界に広がるイエズス会の学校はリーダーを育てる学校、言い換えればエリート校のように見られていました。これは間違いではないのですが、ただ、イエズス会が目指していたのはあくまで「他の人々に仕えるリーダー」であり、その意味で”Man for others”と同じ意味です。基本の教育目標は昔も今も変わっていません。しかし、リーダー(指導者)、あるいは特にエリートという言葉からくる印象は、地位や名誉や富、あるいは権力を伴ったものとして理解されることがあり、それとイエズス会の考える「仕えるエリート」、「仕えるリーダー」との考えに対する誤解が生じることがありました。「仕える」という側面と「リーダー」という側面を考えた時どちらが大事かというと、当然「仕える」方が大事です。そこで誤解を避ける意味もあって「リーダー」を削って”Man for others”となったと私は理解しています。
実際のところ、リーダーでなくどのような立場で仕事をしても「他の人々のための人間」であることは可能です。しかしながら、良きにつけ悪しきにつけ社会に与える影響力の大きさという点から見ればリーダーである人間は大きな影響力を持っています。その良きリーダーに君たちがなってくれて弱い立場の人々を支えてくれれば、六甲にとってそれに勝る喜びはありません。本来の正しい意味での「仕えるリーダーの育成」は今でもイエズス会、すなわち六甲が持っている大事な姿勢です。
君たちの先輩で54期の在間君という人がいます。彼は弁護士です。弁護士だから社会的にはエリートに属するでしょう。そのエリートの在間君が今やっていることは何かというと、新聞にも報道されたので知っている生徒もいると思いますが、東日本大震災で壊滅的被害を受けた陸前高田市に法律事務所を開いて被災者のために法律相談を行っているのです。被災した人たちは家をなくした住宅ローン返済の問題や土地問題、など様々な問題が起こって専門家の相談を受けたい人は大勢いるのです。在間君は復興の役に立ちたいということで自ら志願して被災地に入って活動しています。東京にいれば実入りもいいだろうに、それを捨てて被災地の人たちのために働いている、まさに「仕えるエリート」ですね。そのような人が君たちの先輩にいる、たくさんいます。
君たちには能力があるのだから、それをぜひ活かして社会に貢献してほしいと願っています。そのために、勉強は必要です。ぜひとも全力で勉学に打ち込んでほしいと思います。
自分の生活の充実と弱い立場の人たちを支える人間に成長してもらう意味を込めて、「年度が変わる節目に勉強の目標を立て」、新年度からそれをぜひ実行してください。
4月からは75期生を迎えます。新しい気持ちで新年度のスタートができることを願っています。