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校長先生のお話

2011年10月度のお話

2011年10月度のお話です。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

2011年10月03日

未来ちゃん

 今日は一冊の写真集を紹介します。 それは川島小鳥さんという方が撮られた『未来ちゃん』という写真集で、タイトルにつけられた未来ちゃんという、本名ではありませんが3歳ぐらいの女の子を主人公に、この女の子の毎日の生活のさまざまなシーンを撮影した写真集です。

どのような写真があるかというと、食事をしている写真、木に登ったり道路わきの溝に入って空を見たり海に入ったりして遊んでいる写真、お風呂代わりに使っている大きなバケツに入っている写真、鼻水を垂らしている写真、泣いている写真、破れた障子の間からアカンベーをした写真、小さいなりに家の手伝いをしている写真などなどです。 そしてそれら一枚一枚の写真のすべてが、未来ちゃんがカメラを意識することなく、無邪気で自然に撮れた良い写真ばかりです。

この写真集を見ていると、ほのぼのとした気分になり、またつい笑ってしまったりして、こちらの気分も和んでいきます。 そのような気分にさせるだけで良い写真集だといえますが、この写真集の良さはそれだけではありません。写真を通してこの女の子の生きる力強さまでが伝わってくるのです。 たとえば、ぎごちなくフォークを握ってベーコンエッグを食べている写真では、眉毛を逆ハの字にして食べ物に向かっているのですが、その写真からは毎日3度ずつやってくる相も変わらない食事の一コマではなく、いま向かっているこの食事が初めてであるかのように真剣に挑んでいる雰囲気が伝わってきます。 泣いている顔もいくつもあるのですが、真剣に泣いているといった雰囲気があり、力を感じさせます。

こういった写真が撮れるのはカメラマンに技術的な力量があることはもちろんですが、それだけではなく、未来ちゃんとカメラマンの川島小鳥さんとの間に信頼関係があるからだと思います。 おそらく、写真を撮り始めるだいぶ前から起居を共にしてきたのではないでしょうか。

そして、そのレンズを通して何よりもいいと思ったのは、未来ちゃん一個人だけでなく未来ちゃんの家族や未来ちゃんと関わっている周りの人たちの子どもを見る温かいまなざし、愛情、包容力が見る側に伝わってくるところです。 このことが私をほのぼのとした気分にさせるもっとも大きな理由です。

大震災という悲惨な災害に見舞われ、社会も閉そく感が漂い、いいことのないように見える日本ですが、未来ちゃんという女の子とその周りの人びとを見ると、大げさなようですが日本の未来も捨てたものではないと感じさせる、そのような素晴らしい写真集です。

図書館に入っているので、暇な折ぜひ手に取って見てください。何か感じるものがあるはずです。

2011年10月31日

死者の日を前に

 明日から11月です。11月2日はカトリック教会では「死者の日」とされていて、死について、あるいは死者について思いを馳せようという日になっています。 君たちもこの機会に「死ぬ」ということから自分の命を考えてみてはどうでしょうか。

これは中1の宗教の授業で話したことですが、先週、私は阿南里恵さんという方の体験談を聞く機会がありました。 彼女は今年30歳になる方で、21歳のときに子宮頚がんになり、子宮を摘出しました。 手術は成功しましたが、再発の恐れがある。定期的に検診をしてもらい、5年間再発しなければ完治したとみなされるそうです。 でも、再発すればそれは他の場所に転移したということなので命にかかわる重大なことになります。 阿南さんはまだ若いのに死の恐れを常にかかえながら生きることになったのです。 また、たとえ完治したとしても、20代では仕事をバリバリやり、30代で子育てを一生懸命やろうと考えていた人生設計が根底から崩されてしまったわけですから、そのショックは想像もつかないほど大きかったことと思います。

気持ちの整理がつかず、阿南さんは手術の前に家出をしましたが、そのときお母さんから長いメールが来ました。 つらいだろうけれど、生きているだけで儲けものです、お母さんはあなたに生きていてほしい……。 このとき、阿南さんは命というものは自分だけのものではない、これまで生きてこられたのも自分だけの努力ではない、ということが分かったそうです。

幸い5年たっても再発せず、がんは完治しました。 このつらい貴重な経験を通して、阿南さんは、これからは他の人たちにお世話になって生きてきたことのお礼として周りの人たちに恩返しのできる仕事をしたいと考え、子宮頸がんの啓発活動に携わるとともに、中学・高校・大学でがんをテーマにした命の授業を行っておられます。 大変明るく積極的に取り組まれ、テレビにも出るなどとてもいい仕事をされています。 実は、がんが見つかったころ、お母さんとの仲は十代の反抗期の後遺症を引きずっていてあまり良くなかったそうですが、がんと向き合った結果、現在は昔のように仲の良い母娘に戻っています。

人間いつかは死ぬということは誰でも知っていますが、それを遠い将来のこととして実感なく捉えるのではなく、もっと身近な現実のものとして「死」を意識してみると、命の尊さ、大切さに気づき、自分の生き方についてもずいぶん違った世界が見えてくるのではないでしょうか。

 11月の「死者の日」や「生命について考える日」や3月11日の東日本大震災の起こった日など、折に触れてで結構ですから、ぜひ死について考えてみてほしいと思います。